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吾郎の語録

トラベルガイド株式会社社長の阿部吾郎が、思いつくまま勝手なことを述べるブログです。できるだけためになる事を書こうと思いますが、どうでもいいこともたくさん書きますので適当にお付き合いください。

高速道路で事故を起こすと・・・

2か月ほど前のこと、高速道路で大きな事故を起こした。おはずかしい話なので、ここに書くべきかためらったが、他に被害者がいなかったこと、高速道路で事故を起こすとどうなるかという話は何かの参考になる場合もあるかと思い書くことにする。

東北を数日間旅行して、最後に山形から埼玉に戻るために車を走らせていた。山形自動車道から宮城県で道北自動車道に合流した。この日は大雨、慎重に運転していた。山形自動車道から東北道に合流する手前で、後輪がすこしすべった感じがあり、嫌な揺れ方をした。気になったので、東北自動車道に合流してからは走行車線を100KM弱ぐらいのスピードで走っていた。スピードを出す車はどんどん追い抜いて行った。

この程度のスピードなら大丈夫と思っていた矢先、突然車のコントロールが効かなくなり、回転しながらガードロープの支柱に激突、右側をロープにこすりながらしばらく逆走し、今度は右側の後輪が支柱にぶつかり1回転して追い越し車線まで弾き飛ばされた。ここで、トラックでも突っ込んで来ていたら、今頃この文章を書いていることもなかっただろう。幸い、早い車はすべて追い越していった後で、後続車とはかなり距離があいていた。運転席側のドアは空かず、助手席側の席から外に出てみると、既に渋滞していた。トラックの運転手が「大丈夫か」と声をかけてくれた。走行車線に落ちていたバンパーをどけて、なんとか片道が通れるようにしてから110番した。

警察に状況を説明し、中央分離帯に一定距離ごとに立っている距離ポストの表示を伝えた。警察からは「車が動かないならレッカー車を呼んでください」と言われた。保険会社のロードサービスに電話したら、すぐに向かわせるとの返事。10分ほどで警察が到着。すぐに交通整理を開始した。警察官からは、状況を聞かれたうえで、最後ににこやかに「ガードロープの修理代の請求が行きますので、よろしく」とのこと。自損事故で、他に被害者もなかったためか、警察の対応はあっさりしていた。

そうこうしているうちに、救急車が2台到着。私も、同乗者も奇跡的に大きなけがはなさそうだった。車の破損状況からすると、非常にラッキーだ。しかし、2人とも有無を言わさず、首を固定され、担架にしばりつけられ、病院に送られた。病院に着いたら、救急病棟に運ばれて、レントゲンやら心電図やら散々検査をされた。結果、2人とも打撲程度で大きなけがはなかった。で、帰ろうと思ったのだが、24時間以内は経過を見る必要があるということで、ほぼ強制的に入院させられた。100KMで走って高速で事故を起こすと、半数の人は死ぬそうだ。看護婦さんからも、かなりラッキーなケースだと言われた。

車には大量の荷物が積まれたままだし、廃車手続きも必要なので、レッカー移動した業者まで行く必要があったし、どうやって帰るかも考えないといけないが、事故直後で精神的にもきつかったので、入院させられたのはむしろ良かったと思う。

病院の消灯は夜の9時、4時には目が覚めた。スマホで乗り捨てのレンタカーを予約し、昼前に退院して、レッカー業者に向かった。荷物をすべて積み替え、埼玉まで慎重に運転して戻った。ちなみに、この帰宅費用は保険でまかなえた。

今回の事故の原因だが、ほぼ間違いなくタイヤだ。購入から6年ほど経過した、デミオに乗っていたのだが、1度もタイヤを交換していない。今年の車検の際、タイヤをローテンションし、すり減っている前輪のタイヤを後輪に移した。事故車を確認したら、後輪はツルツルだった。大雨のなか、ハイドロプレーニング現象で後輪が浮いてスピンしたのだろう。いくら慎重に運転しても、しっかり整備しておかないと、事故は起こる。特にタイヤは要注意だ。

当然のことながら、任意保険には必ず入った方がいい。ロードサービスが迅速で助かったし、病院費用の支払いや、ガードレール修理の対応もすべてやってくれた。

結果的に、命も助かったし、荷物もすべて持ち帰れた。たくさん積んでいたカメラやレンズもすべて無事だった。失ったのは、車両保険はかけていなかったので車だけだ。今回得た様々な教訓を生かしながら、死ななかったのは、まだ何かやるべきことがあるからだと思い、日々がんばっていこうと決意した次第である。