吾郎の語録

トラベルガイド株式会社社長の阿部吾郎が、思いつくまま勝手なことを述べるブログです。できるだけためになる事を書こうと思いますが、どうでもいいこともたくさん書きますので適当にお付き合いください。

神戸北野のおしゃれなレストラン「花の館 パラディ北野」

神戸北野異人館街を散策中に、ふらっと立ち寄ったレストランをご紹介します。風見鶏の館の前の細い道を東に向かって3分ほど歩いたところにあります。「花の館 パラディ北野」という邸宅レストランといった感じのゴージャスなお店なのですが、ランチは比較的リーズナブルにいただけます。

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こちらが入口です。メニューが表示されているので、安心しては入れます。

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中に入って行くと、モダンな建物があり玄関を入ったらお店の人が席に案内してくれます。

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中は邸宅レストランといった感じの豪華さです。静かで落ち着いた雰囲気の中でゆっくり食事ができます。

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一番安い「本日のランチ」は1500円(消費税別)です。今日のスープは玉葱のポタージュ。玉葱のうまみ、甘味を凝縮したような、これまであまりであったことのない味でした。余計なものを加えていない自然な味です。

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今日のお料理は、牛ほほ肉の赤ワイン煮でした。とてもやわらかく煮込まれており、ソースの味も絶品。1500円でこれが食べらるとは。これに、おいしいフランスパンが2切れついてきます。塩の効いたパンに無塩バターがついてきて、こちらもとてもおいしかったです。

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最後にコーヒーか紅茶が付きます。ミルクティーを注文しましたが、香りのよい紅茶で幸せな気分になれました。

このランチに、追加料金でオードブルやデザートを追加することもできます。

ステーキランチ2500円、コース料理は2850円からあります。

料理もおいしかったですし、この豪華で落ち着いた雰囲気の中で食事ができることを考えると、1500円というのはかなりお得感があります。異人館散策の途中で立ち寄るランチスポットとしては、かなりおすすめです。一度、夕食も試してみたいと思いました。

 

 

24mmシフトレンズも持って神戸北野を散策

現在、故郷である神戸で手術後の療養生活中。規則正しい生活、体に良い食事、適度な運動で、だいぶ体力が戻ってきた。

今日は、ニコンD850に24mmシフトレンズを付けて、北野の異人館街を散策。1万歩以上歩いた。予防のための抗がん剤治療中のため、あまり無理はできないが、本格的に仕事復帰できる目途は立ってきた。

24mmシフトレンズだけで撮影するというのは、あまりやったことがなかったが、やってみるとなかなか楽しい。フォーカスも露出もマニュアル、たまにはカメラに頼らず自力で合わせるのも悪くない。単焦点レンズとして普通に撮ればかなりの画質であり、シフト、ライズ、ティルトで、さまざまな画像を作れるので撮影のバリエーションも広がる。

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風見鶏の家

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ラインの館

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英国館

 

これはいよいよヤバそうだ

5日目、鏡を見ながら鬚をそっていて気付いた。白目の部分が黄色い。はっきりわかるぐらい黄色い。黄疸がでている、これはさすがにヤバい。やっと医者に行く気になった。


家の近くのかかりつけのA病院にいった。そんなに大きくはない中規模の病院だ。医者は、私を見るなり黄疸がでているので、すぐにCTを撮りましょう。血液検査も必要ですと言った。


CT画像を見て医者は、何らかの原因で胆管が詰まっているようです。CTの画像を見る限り、腫瘍のようなものは見当たらないので結石ではないかと言った。腫瘍マーカーの結果が2日後に出るので待つように言われた。


この日は、診断の後、食事ができていないということで栄養と水分補給のため点滴を打たれた。点滴は生まれて初めてだ。この日見てくれたのは、この病院の医院長で女医さんだった。点滴用の針は普通の注射針より少し太いのだが、ほとんど痛みはなくルートが取れた。この時は、これが当たり前だと思ったのだが、実は神業であることを後で知ることになる。


6日目、相変わらずほとんど食べられない。次の日に撮影の仕事が入っていたので、体が動くかどうか試すために、妻と一緒に近所に買い物に出かけてみた。しかし、かなりしんどい。それでも、仕事に穴を空けたくなかったので、仕事には行くつもりだった。夜になって、目が真っ赤に充血してきた。これは、今回の病気と因果関係はなかったかもしれないが、この時はビビった。ネットで調べたのと医者から聞いて、茶色いおしっこと灰白色の便は、胆管が詰まった時の典型的な症状だと知った。さらに、また違う症状が出たかと思うと、単なる目の充血なのだが、とても恐ろしかった。翌日の仕事は、あやまり倒してドタキャンした。


7日目、まだ腫瘍マーカーの結果は出ていないだろうと思ったが、とりあえずA病院にいった。まさか、このまま約1か月病院から出られなくなるとは、この時は夢にも思わなかった。


腫瘍マーカーの結果は予定より早くでていた。結果は白だった。ひとまず安心したのだが、症状は何も変わっていない。内視鏡で胆管結石を取る必要があるが、この病院にはその施設が無いという事で、B病院を紹介された。最近できた大きな病院だ。あそこなら安心だろうと思ったが、この後大変なことになるとは、この時は知る由もない。
A病院から、直接B病院に行った。消化器内科のKという、40歳前後ぐらいの落ち着いた感じの医者が対応してくれた。なかなか頼りになりそうだと、この時は思った。
A病院のCT画像は、あまり良くないという事で、一から検査をやり直すことになった。

金村義明氏、余命1年宣告で思う事

headlines.yahoo.co.jp

私は兵庫県西宮市にある仁川学院高校の出身で、当時野球部に所属していたのですが、報徳学園は歩いて20分ほどのところにあり、時々練習試合をしていました。金村氏は私のひとつ先輩で、阪急甲東園駅でたびたび見かけましたし、練習試合で対戦したこともあります。

そんな金村氏が「キャンプ取材を終えた後に医師から止められているのに「やめられない」というサウナで汗を流すと、なじみの飲食店を5軒もはしご。焼酎やハイボールなど、計22杯のアルコールを飲み、さらに餃子40個と焼き肉、うどん、ラーメンを食べ、この一晩わずか6時間のうちに、合計約4800キロカロリーを摂取していた。」という暴飲暴食で、まあ番組の演出上の誇張もあるでしょうが、余命1年とはちょっとショッキングなニュースでした。

私も膵臓癌になり、余命宣告は出されませんでしたが、いつ再発してもおかしくはありません。金村氏ほどではないですが、脂っこいものや甘いものが好きでかなり食べていました。体重も100㎏ぐらいありました。ちなみに、酒はほとんど飲めず、たばこは吸いません。

症状が出てから5か月がたちましたが、あれだけ好きだった揚げ物はほとんど口にしておらず、甘いものも和菓子をちょっと食べるぐらいにして、ケーキや駄菓子なんかは全く食べていません。以前のように好きなものを好きなだけ食べたいと思うこともありますが、やはり消化する力もかなり落ちているので、そうもいきません。

いくら食べても、飲んでも、タバコ吸っても健康で長生きする人もいます。逆に健康に気を遣いながら生活していても病気になる人は病気になります。医者にどうして癌になったのか聞いてみましたが、因果関係は全くわかりませんと言われました。あれがいけなかったとかこれが悪かったのかといろいろ考えますが、結局のところ因果関係は分からないのです。

健康なうちから食生活に気を付けて病気をさける努力をするのは、もちろんいいことだと思いますが、どうせいつ病気になるのかわからないのだから、健康なうちは好きなものを好きなだけ食べて楽しく生きるというのも、ある意味正解のようにも思います。私自身、もうちょっと健康に気を遣っていたら癌にならずに済んだのか?と自問自答することがある反面、50余年間健康なうちに好きなものを好きなだけ食べておいて良かったと思う部分もあります。根がくいんしんぼうなんですね。

食事と健康の関係、バランス、最近興味をもって本を読んだりしています。しばらく、このテーマを追ってみたいと思っています。

 

弓弦羽神社で撮影

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弓弦羽神社

神戸の実家近くにある弓弦羽(ゆずるは)神社、きれいな雲がでていたので撮影してみました。

 

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修繕工事中の本殿も、だいぶ完成に近づきました。

 

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参道からの眺めもきれいです。

 

 

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この神社は、羽生結弦さんが名前の繋がりから参拝し、ゆずリストの聖地となっています。本人が参拝した時に見てもらう事を狙ってか、やたら凝った羽生結弦を応援する絵馬がたくさん奉納されています。

 

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近づくと自動的に水が出る手水、弓弦羽神社のお使いである三本足の八咫烏です。

 

病気は突然やってくる

2019年9月20日のことだ。この日は、早朝から夕方まで続く少々ハードな撮影の仕事が入っていた。撮影時間が長いし、結構歩き回ったので当然疲れるのだが、ちょっと普段とは違う嫌な疲れ方だった。家に帰って夕食を食べた。疲れていたがお腹は減っていたのでしっかり食べた。その夜、かなりお腹がもたれたのだが、ちょっと食べすぎたかな、くらいに思っていた。


翌日起きても、このもたれが残っていた。この日は、在宅で事務仕事を終日こなした。昼食ぐらいまでは、まだ普通に食べていたが、夕食前にはちょっとやばい感じがしていた。それでも、しっかりいつも通り食べた。ちょっとお腹がむかついたり、もたれたりした時、さらに食べた方がかえって改善することがよくあるので、今回もその手で行こうと思った。

 

しかし、ここが限界だった。お腹の上の方に、食べたものが落ちて行かず残っている感じがして、鈍痛がある。普通の腹痛なら、トイレに行って出してしまえばあとはすっきりするのだが、便が全くでない。これは、おかしい。今までにない感覚だ。それでも、一晩寝れば何とか治るだろうと思っていた。


しかし、3日目の朝起きても全く治っていないどころかひどくなっている。あまり食欲がない。おかゆを少し食べるのがやっとだ。さらに気持ちが悪いことがおこる。

 

おしっこの色が黄色を通り越して茶色い。こんな色は見たことが無い。この日の夜、やっと便通があったのだが、ほとんど白にちかい灰色のような色の便だった。これが、かなりまずい症状だというのは後で知った。


4日目は祝日だったので、友人と会う約束があった。体自体はまだ動くのでなんとかこなした。しかし、もおほとんど食べ物はのどを通らない。夜床についても、お腹が痛くてあまり寝られない。「これ癌とかじゃないだろうな」とふと心によぎった。

 

 

膵臓癌になったので闘病記でも書いてみようかと

まさか自分が50代半ばにして膵臓癌になるとは思わなかった。

私の、父は73歳で膵臓癌が見つかり余命1年の宣告、その通り74歳でなくなった。義父は、今回の私と同じような症状で、同じ手術を受け、手術の失敗により大量出血を起こし亡くなった。こちらも膵臓癌である。


膵臓癌というのは、見つかった時には手遅れというケースが多い。しかし、私の場合は膵頭部の2㎝ぐらいの大きさの段階で発見できた。このため、かなり大きな手術にはなったが、切除することができた。結果、今この手記を書くことができている。不幸中の幸いというべきだろう。


突然症状が出て、3軒の病院を巡り、その間いろいろあった。いろんなことを思い、考えた。そして、学ぶことも多かった。もちろん、しんどかった。そういったことを、とりとめもなく書いてみようかと思う。同じような境遇の方には、参考になるか、あるいは共感してもらえるかもしれないし、完全に健康な人には、別の世界の話のように思えるかもしれないが、であれば別の世界の話として楽しんでもらってもいい。


なんか暗くて深刻な話だなと思うかもしれないが、いままでほとんど入院も手術も経験していない人間がこういう目に会うと、事態の深刻さに反してなんかおもしろいこととか、興味深いことにも出会う。話のネタもたくさんできる。


まあ、50半ばで癌になったおっさんの闘病記、興味があったら読んでみていただきたい。