さて、前回ご紹介した「明延鉱山」に続き、同じく朝来市にある「神子畑(みこばた)選鉱場跡」をご紹介しよう。ここには、明延鉱山、生野鉱山、神子畑鉱山から採掘された鉱石が持ち込まれ、錫、銅、亜鉛など鉱石から鉱物を取だし分類する作業が行われていた。
上の方から、鉱石を砕き、比重選考、浮遊選考などを行い、不要な岩石を取り除きながら下におろしていく。効率よく順番に作業するために、このような傾斜地に造られている。
インクラインという資材や人を運ぶためのケーブルカーが通っていたレール。
普段は内部への立ち入りは禁止されているが、今回特別に中段あたりまで入らせていただいた。眼下には「シックナー」という円形の施設がいくつか見えている。
シックナーを下から見たのがこちらの写真。選鉱の過程ででる、微細な鉱物が混じった液体から水分を抜いて個体粒子を取り出す設備だ。
かつてフランス人技師のセームが住んだ住宅で、のちに事務所として使用されていた建物。現在は、展示室として利用されている。
内部には、かつて操業していたころの神子畑選鉱場の模型が展示されている。
明延鉱山で採掘された鉱石を神子畑に運ぶために使われていた「一円電車」。客車も連結され、運賃が一円であったことからこのように呼ばれている。
最後に付け足しだが、上の写真は台湾の金瓜石にある「十三層遺跡」だ。神子畑選鉱場を見た瞬間、これを思い出した。日本統治時代の遺構で、近くにある金山から運ばれた鉱石を精錬する施設だ。おそら、同じような仕組みで精錬していたのであろうと想像される。もちろん、これは戦前の遺構であり、昭和62年まで操業していた神子畑選鉱場よりはかなり古いものである。