吾郎の語録

トラベルガイド株式会社社長の阿部吾郎が、思いつくまま勝手なことを述べるブログです。できるだけためになる事を書こうと思いますが、どうでもいいこともたくさん書きますので適当にお付き合いください。

こっちの人とあっちの人

3.11東北大地震から丸9年ということで、今日のテレビニュースはその話題が多かった。コロナウイルスで選抜高校野球が中止という話題もあった。こういう、災害や病気などの話題が出ると、私は「こっちの人とあっちの人」ということをいつも思う。


東北で震災があり大津波も来て大変な目にあっている人々の映像がテレビで流れる。何の被害もない人が「大変なことが起こっている」と思いつつ、こっちでテレビを見ている。こっちの世界からあっちの世界を見ている。中国武漢の病院にコロナウイルスの患者がいっぱいいて、どんどん亡くなっているというニュースをこっちから見ている。
平穏無事な生活をしている人々にとって、こういうニュースはあっちの世界の出来事であって、直接的に自分には害がおよばない(もちろん、マスクがないとか、トイレットペーパーがないとか間接的に害がおよぶことはあるが)。被害者の中に、よほど近しい人でもいない限り、どうしても他人事である部分があるのは避けられない。
こっち側の世界から、あっち側の世界に足を踏み出し、ボランティアに行く人は、すごい人だと思う。それだけ、他人事であるあっちの世界の事を具体的に想像できて、具体的に行動に移せるのだから。


当然のことながら、こっちの世界であっちの世界の被害を見ている人の感覚と、実際にあっちの世界に身を置いている人との感覚は全く違う。
私は、神戸の震災で被災したが、建物の倒壊は無く、食器の90%が割れたり、タンスにカーテンレールが突き刺さっていたりしたが、幸い自分にも家族にも被害者は出なかった。それでも、水道、ガス、電気の無い中での生活は大変だった。交通網も麻痺し、2週間は会社に行けなかった。やっと大阪にある会社に行ったら、全く何事もないこっちの世界があった。


有名人が癌になり闘病生活に入ったというニュースや亡くなったというニュースがよく流れる。健康な人は、あっちの世界のこととして「かわいそうに」とか思いながらテレビを見ている。でも、自分が癌になったとたん、あっちの世界の人になってしまう。妻にとっては、旦那が癌にかかってしまった人という意味で、あっちの世界の人になっていると思う。


結局のところ、あっちの世界に行ってしまった人々の痛みや苦労は、こっちの世界にいる限り100%理解することはできない。これは、主観と客観の問題であり、どうしようもない問題だと思うが、いつも私はそのことが気になる。
人間誰しも、いつどんな形であっちの世界の人になってしまうかわからない。あっちの世界に行ってしまった人同士は非常に共感しあえる。だから、被災地ではみんな助け合う。あっちの世界に行くという経験は、人の痛みを理解することにつながり、人生を豊かにする糧となるのかもしれない。50を過ぎてようやく、そんなことを思うというのは、ちょっと遅すぎるのだろうか?